カウンセリングにおける問答において、何をその人に問うのかは、そのカウンセラーが用いる技法の思想的を反映する重要なことです。ナラティブ・セラピーにおいてどのような質問をしているかを見ることによって、思想的な話では見えてこない実際のやり取りが理解出ると思います。ナラティブ・セラピーを勉強するうえで、マイケル・ホワイト(1988)がまとめた質問を紹介します。
ユニークな結末・クエスチョン
直接的質問(ダイレクト・クエスチョン)
- その障害に身をゆだねそうになっても、実際にはそうならなかった場合のことを思い出せますか。
- ジョンがその障害に圧倒されかかったときにでも、その苦境の邪魔をして、その土台を切り崩した時を思い出せますか。
- 二人の結びつきが敵意に犯されそうになったとき、衝突に陥りそうになるかわりに、二人が結集し、その衝突を撃退したときの事を思い出す事が出来ますか。
- 御両親がその問題について分立してしまったのにも関わらず、最終的には結束し、その問題からの悪影響を寄せつけないようにしたエピソードを思い出せますか。
- あなたのこの困難な状況から抜け出すという決心が、あなたをもう少しで自由の身に出来そうになった時を思い出す事が出来ますか。
- お二人の関係が強く感じられて、その困難な重圧に屈しないでいられたときのことを確認できますか。
- このミーティングで感情の支配から逃れて、質問に答えることが出来たのを発見することは驚きですか。
- ハリーがこの苦境をものともせずに、このミーティングで自分の考えを持っている事を示した事は驚きですか。
間接的質問(インダイレクト・クエスチョン)
- この苦境の存在のなかであなたが依然として影響力を持っているという事を話してくれましたが、その関連のある出来事とはどういうことだと思いますか。
- このような状況の中でそのような貢献を出来るなんて、どれほど私が驚いているか分かりますか?
- このような進展の中で何が一番私の同僚の注意を引くと思いますか。
- このエピソードを通じて、あなたのために行っている問題との協調を、人々はどのようにしてそれを拒絶見ると思いますか。
- フレッドにとって驚きであるこの状況において、あなたの関係がどのようにうまく対処できたかを、フレッドはどのように気づいていると思いますか。
- あなた方の関係にこの問題が及ぼしてきた大きな影響の中で、私はあなたの関係についてどのようなことについて気づいていると思いますか。
- 私の同僚が興味を引きそうな、あなた方のその時の関係の力についてあなたはどう思いますか。
ユニークな説明・クエスチョン
直接的質問(ダイレクト・クエスチョン)
- どのようにしてこのステップを取ることが出来たんですか。
- どのようにしてこの困難な状況からうまく逃れることが出来たのかもう少し教えていただけませんか。
- このステップを取るための準備として、何を準備してきたのだと思いますか。
- あなたが大胆になって、何か新しい事を試してみようと決心しているのに最初に気づいたのはいつですか。
- この成果をもたらしたのは、ジョンの準備に何が入り込んでいたからだと思いますか。
- 彼が新しいライフスタイルで試してみるという考えはどこから来ていると思いますか。
- もし、この苦境からの脱出と見なすことが出来るこの例が新しい方向への道しるべになるとすれば、この新しい方向がどのようのものであるとこの例は示しているのでしょうか。
- これ以外にもどのようなことが新しい方向についてあなたに示していると気づいていますか。
- その困難に協力するようにする誘いを退けるためにあなた方の結びつきを準備するにあたって、どのような訓練をしてたんですか。
- もし、このことがあなた方の関係の転機であったならば、新しい進路を確かなものとしているという点で、他の最近の出来事は何を示唆しているのでしょうか。
- あと知恵の恩恵として、あなたの人生の希望とゴールにあるものとして、今回の成果をどのように見ますか。
間接的質問(インダイレクト・クエスチョン)
- この道標としての成果は、あなたの新しい方向への本質について、何と私にいってくれていると思いますか。
- 私の同僚がこの成果を画期的な事としてどのように見ているのかあなたは分かりますか。
- この画期的なことを人生のどのようなものに関連付けて私は考えていると思いますか。
- この転機について、一番意義のあるものとして私の同僚に映るのは何だと思いますか。
- この貢献は、あなたがあなたのために作り上げている新しい方法について、何を物語っていると思いますか。
- あなたがこのトラブルから逃れる意図は、どのようにあなたが人生における新しいキャリアを作り上げようとしてるとメアリーに語りかけていると思いますか。
ユニークな再描写・クエスチョン
直接的質問(ダイレクト・クエスチョン)
- このことは、あなたにとって知っておくことが重要なことで、あなたについて何を物語っていると思いますか。
- このことは、さもなければ気づかなかったジェーンの素質について何を知らせているのだと思いますか。
- この新しい方向は、あなたにとって喜ばしいあなた方の関係において何を物語っていると思いますか。
- これらの発見は、さもなければ忘れてしまっていたあなたの両親の関係について何を明らかにしていますか。
- この新しい方向に沿ったあなたについてのこの新しい写真は、あなたがどのような人であるかを、古い写真よりも物語っていると思いますか。もし、そうであるならば、なぜこの新しい写真はあなたによりマッチしているのでしょうか。
- この新しい方向が、古いものよりもあなたに合っているとあなたが信じることが出来させるあなたとはどうのような人なのでしょうか。
- ハリーのこの新しい写真に付随しているどの部分があなたに一番いいと感じられますか。
- 古いコースからの離陸の成功は、あなたが評価するに値するあなた方のつながりにおいて、どのように物語っていると思いますか。
- 新しい方向との結びつきが、古いものよりも強くさせるあなた方の関係についてあなたが知っていることって何なんですか。
間接的質問(インダイレクト・クエスチョン)
- これらの進展は、私が知っておくことが重要なことで、あなたがどのような方であるかと私に物語っているのでしょうか。
- このことは私があなたを描いているイメージをどのように変えたと思いますか。
- 私の同僚は、さもなければ忘れ去られていたあなたのどのような能力を見出したと思いますか。
- このことは、ジェーンが感謝することが出来るあなたについて、ジェーンにどのように物語っていると思いますか。
- いま、あなた方のどのような結びつきが、ほかの人に見えるようになっていると思いますか。以前には、失われていたような結びつきにおいて。
- このことは、私がいいと思えるあなた方の関係において、どのようにわたしに語っていると思いますか。
- あなた方の関係においての問題解決能力において、ジムはどのようなことに新たに気づいていると思いますか。
自分との関係の質問
- あなたが自分自身についての支配力を持っているということを聞くことはどういう感じですか。
- あなた自身についてこのことを知っているということは、あなた自身をどのように感じているかについてどのような違いをもたらしますか。
- 御自身についてのこの新しい気づきは、あなた自身に敬意を払うための受容力にどのように影響をもたらしますか。
- この問題に協調していかないという決心を感じているということは、あなた自身に対するあなたの態度にどのような影響がありますか。
- あなた自身の新しいイメージは、あなたがあなた自身を人として接するうえでどのような違いをもたらしますか。
他との関係の質問
- この問題に対するあなたの影響力を見出すことは、あなたとサンドラの結びつきにおいてどのような影響を与えますか。
- ポールについてこのことを知っているということは、あなたのポールとのつながりにおいてどのような影響がありますか。
- あなたと御両親の関係において、このような意義のある変化を理解しているということは、あなたが御両親と相互に影響しあううえでどのような影響がありますか。
ユニークな可能性・クエスチョン
直接的質問(ダイレクト・クエスチョン)
- あなた御自身についてこのことを知っているということは、あなたが次のステップを取るうえでどのような違いを生むでしょうか。
- ジェイソンの新しい方向に付随している可能性とはどのようなものでしょうか。
- あなた方の関係におけるこの新しい理解は、その関係の将来にどのような違いを生じえるでしょうか。
- サラと父親の結びつきにおいて、今どのような可能性があると思いますか。
- あなた自身について、この新しいイメージが意義のあるものであると分かって以来、よりそのイメージの側に立つために、どのようにしてそれを拡大していくことが出来ると思いますか。
- フレッドが、あなたのフレッドに対して持っている新しい描写の側に立つとすれば、フレッドにはどのような新たな可能性が開けてくると思いますか。
- あなた方の結びつきについての新しいピクチャーへの魅力は、将来の結びつき方に対するあたなのプランに対してどのような影響をもたらしますか。
- もし、あなたが御自身の新しい発見の側に立っているのであれば、次のステップはどのようなものになると思いますか。
- 計画の先をあまり急ぎすぎてはいけないという注意をしながらですが、いつ次のステップへ準備ができると思いますか。
間接的質問(インダイレクト・クエスチョン)
- 私が今あなたのことを知っていて、私があなたの間近にどのような可能性があると予想すると思いますか。
- このような理解は、あなたに開かれた新しい方向について、私の同僚にどのようなことを物語っていると思いますか。
- 人として、あなたの描写に付随している新しい可能性について、ジェーンは何を見出すと思いますか。
- あなた方の結びつきにおいて、新しい視点を持ち続けるとすると、私の同僚はどのようなステップがあなたに開かれていると信じられると思いますか。
- あなた方の結びつきを再構築するために、私があなたが持っていると信じているいくつかの可能性をあなたは評価しますか。
- あなた方の関係に対して新しく重要視できることは、私があなたにとって可能であるステップをどのように予想すると思いますか。
自分との関係の質問
- このような可能性を取り上げていくことは、あなたとあなた自身との関係において、どのような違いをもたらしますか。
- この新しい方向に付随している新たな機会を探求していくことは、人としてあなた自身への評価にどのような影響があると思いますか。
- これらのステップを終えたことは、あなたが自分自身ともに経験した安楽さや満足の度合いにどのように影響しますか。
他との関係の質問
- あなた自身に対する新しい理解は、あなたとジョンの関係にどのような違いをもたらしますか。
- これらの新しい可能性へのサリーの追及は、あなたとサリーの関わりにおいてどのような影響がありますか。
- あなたの御両親の新しいキャリアにおける将来の発展は、あなたと御両親の結びつきにおいてどのような影響を与えますか。
考 察
Problemの訳
英語においてProblemは主に2つの意味があります。Oxford Advanced Learner’s Dictionaryによると(1) thing that is difficult to deal with or understand; (2) question to be answered or solvedとなります。ナラティブ・セラピーにおいて使われるProblemは明らかに、前者(1)の意味で使われています。そのため、Problem 以外にもHassle, Difficulty, Trouble, Annoyance, Nuisanceなどが使われます。しかしながら、日本語において、Problemを「問題」と訳してしまうと、「題を問う」という意味から後者(2)の意味合いが強くなる場合があります。そのため、日本語の文章において、Problemの意味で「問題」を外在化しても、ピンとこない文章になることがあります。例えば、「その問題はあなたにあなた自身にたいしてどんな思いを抱かせるんですか。」という文章の場合には、問題を困難、混乱、苦境という言葉に意訳したほうがよいと思われます。
一方で日本語においても、問題が困難、混乱、苦境という意味として明確に使われることがあります。例えば、問題児、社会問題などです。このような場合には、問題という言葉を、ナラティブ・セラピーで使われるProblemの訳として宛てても構わないと思っています。
このような言葉を選択するうえで、一番大切なことは、どのような言葉を用いて何を外在化していくかについてクライアントと共に調整することです。いくらセラピストがぴったりする言葉を調べたところで、クライアントにピンとこない以上その言葉の持つ力を発揮できるはずもありません。そのため、このような状況にはクライアントにとってどのような表現が一番適切かを問う必要があると思います。
Relationshipの訳
ナラティブ・セラピーでは、Problemとその人、その人とその人自身、その人と他人とのRelationshipを考察していきます。Problem やSelfに擬人法を用いて、その人とのRelationshipがどのようなものであるか、どのようになりうるかを考えていきます。
日本語において、Relationshipを「関係」と訳すよりも、「つながり」、「結びつき」等の言葉の方が日本人にとって感覚的に近い場合が多いのではないかと思っています。
「ユニークな」という表現について
日本語で「ユニーク」という言葉の響きは、個人の性格にたいて用いられる場合、普通ではないという感覚を受けます。しかしながら、大辞林において『同じようなものがほかにあまり見られぬさま。独特なさま。「?な存在」「?な発想」』とありますし、英語でもこのようにネガティブな響きはありません。
ナラティブ・セラピーにおいて、「ユニーク」という言葉は、本来大きな問題を抱えているにも関わらず、例外的に(ユニークに)存在している人生における物語をさしています。このユニークな物語は、その人の人生をより建設的に見られるものであり、今まで思い込んでいた支配的な物語に拮抗するものです。そのユニークな物語を、その人の一般的な物語とするために、ユニークな結末、説明、再描写、可能性クエスチョンを問いかけていくのです。
ナラティブ・セラピーの問で進行形の持つ意味
ナラティブ・セラピストからの問い掛けにおいて進行形が多用されます。「その事を理解していることは、あなたにどのような可能性をもたらすと思いますか。(What do you think understanding this about yourself bring new possibilities for you?)」ここで「その事を完全に理解している状態になったときには」という意味ではなく、「その事を理解している瞬間には、どのようになると思われますか。」という確定的でなくてもいいからという意図で、進行形を用いると考えています。
ナラティブ・セラピーは問い掛けによって可能性を探るのであって、例えその可能性が僅かな瞬間にしか存在しえないとしても、その人の人生に暗雲を投げ掛けている問題の中にあっては、ユニークな物語であり、例外なのです。
日本語においては、このような雰囲気を出すのはなかなか難しいとは思いますが、その意図を考えて質問することにより、その意図は伝わるのではないかと考えています。
ナラティブ的な質問の響き
原文におけるナラティブ的な質問の響きは、英語のネイティブ・スピーカーにとっても奇妙に響きます。上記に訳した文章の奇妙さを感じ取っていただけると助かりますが、英語でも主語の選択や文章の構成が日常に使われるものとは異なっています。また、この質問技法はマイケル・ホワイトのものですので、こちらのカウンセラーもこのような表現を使えないと言う人も多くいます。
外在化会話手法についてですが、ネイティブ・スピーカーでもこの手法を練習して、習得する必要があります。ナラティブの外在化会話手法は自然的な日常会話ではありません。
私が理解しているかぎりこの手法には2つの大きな意味があります。一つは、敢えて主語を自分以外のものとすることにより、その本人を責めるような口調を避け、本人とそのProblem(問題・困難・苦境)の関係を調べていくことにより、本人の主体性を探求することです。また、もう一方は、英語という言語が抱える問題点について挑戦をしていくということです。たとえば、英語の文章では必ず主語がつくため、そのProblemがどこに属しているか、誰によってもたされているのかが非常に明確です。主語を省き、その主体を曖昧に言うことが出来る日本語と比べて実に対照的です。そのため、敢えて主語に外在化された問題を持って来ています。
日本語における外在化手法
日本においては、伝統的にいろいろな外在化手法があったと思っています。たとえば、「あの時は、何かに取りつかれたように、スポーツに取り組んでいた。」「虫の居所が悪い。」などと、その行動の主体を誰がしていたのかを限定することなく表現することが出来ます。このように西洋的な表現のナラティブ的質問技法を日本語に置き換える事によって、ナラティブ・セラピーを日本のものとすることが出来るのではないかと思います。
その反面、ナラティブ・セラピーが英語の持つ問題に対しての挑戦とするのであれば、日本語においてもそのエッセンスを取り入れていく必要があるのではないかと思っています。また、日本語、英語の言語の違いにより、どの言葉でナラティブ・セラピーを使うかによって、その言語が持つ限界に挑戦していくという意味において、その目的が違うことになりうるのではないかと考えています。例えば、比較的各個人の責任の所在を回避して会話を成立させてしまう日本語の特質を考えると、本人の主体についてどの程度言語的に挑戦できるかということであると思います。別の言葉でいえば、敢えて誤解を覚悟でいうのであれば、本人の自分の行動に対する責任をどの程度明確に言語に反映できるかであると思っています。これについては、もう少し検討をしていきたいと思っています。
参考文献
White, M. (1988). The process of questioning: a therapy of literary merit? In M. White, Selected Papers. Adelaide: Dulwich Centre Publications.
Cowie, A. P. (Ed.) (1989). Oxford advanced learner’s dictionary of current English (4th ed.). Oxford: Oxford University Press.