被災者に対する心のケアという枠組みで、「デブリーフィングの効性は実証されていませんし、二次被害を与えると強く警告している論文もあります」という文章を目にすることがありました(たとえば、高橋哲の「災害、事件、事故の後で」)。
このような文章で困るのは、いったい何をもって「デブリーフィング」というのか、定義されていないことです。そして、そのような警告している論文は、何であるのかという参照もありません。
実際に現場で従事しているものとしては、自分のしていることが、このデブリーフィングにあいてはまるのかどうかが、たいへん気になるのです。
いろいろと調べてみていくと、たぶん、ただ単に「デブリーフィング」と言われるものは、「心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing)」と同意語で用いられているようです。
公的な機関の文章でこのことを指摘しているのは、WHO編集している、被災したときにおこなう「Psychological first aid: Guide for field workers」という文章の中でです。この文章は、「WHO版 心理的応急処置 (サイコロジカル・ファーストエイド:PFA) 現場の支援者のガイド」として、プラン・ジャパンのサイトからダウンロードできます。http://www.plan-japan.org/topics/news/tohoku/120312/
その記載を引用しておきます。
PFA は「心理的デブリーフィング 1」とは異なり、必ずしもつらい出来事についての詳 しい話し合いを含まない
1 WHO(2010)と Sphere (2011)は、心理的デブリーフィングとは、ストレスとなった最近の出来事における認知や考え、情緒的反応を、簡単に、しかし系統的に語るように求めることで、感情の表出を促すもの、 と説明しています。この介入は推奨されません。これは、組織でミッションや業務の終了時に支援者たち が行う、習慣的な業務報告(業務上のデブリーフィング)とは異なるものです。
<参考文献>
World Health Organization (2010). mhGAP Intervention Guide for Mental Health, Neurological and Substance Use Disorders in Non-specialized Health Settings. Geneva: WHO Mental Health Gap Action Programme. http://www.who.int/mental_health/mhgap
The Sphere Project (2011) Humanitarian Charter and Minimum Standards in Disaster Response. Geneva: The Sphere Project. http://www.sphereproject.org.
そこで、心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing)の論文を検索していくことにしました。
いくつかの論文を斜めに読んでいくと、次の論文を参照して、心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing)の有効性に疑いがある根拠としていました。その論文は次のものです。
Rose, S., Bisson, J., & Wessely, S. (2002). Psychological Debriefing for Preventing Post Traumatic Stress Disorder (PTSD): Review. Cochrane Database Syst Rev, (1).
この論文の結論は次の通りです。
Main results
Single session individual debriefing did not prevent the onset of post traumatic stress disorder (PTSD) nor reduce psychological distress, compared to control. At one year, one trial reported a significantly increased risk of PTSDin those receiving debriefing (OR 2.51 (95% CI 1.24 to 5.09). Those receiving the intervention reported no reduction in PTSDseverity at 1-4months (SMD0.11 (95%CI 0.10 to 0.32)), 6-13 months (SMD 0.26 (95%CI 0.01 to 0.50)), or 3 years (SMD 0.17 (95%CI -0.34 to 0.67)). There was also no evidence that debriefing reduced general psychological morbidity, depression or anxiety, or that it was superior to an educational intervention.
Authors’ conclusions
There is no evidence that single session individual psychological debriefing is a useful treatment for the prevention of post traumatic stress disorder after traumatic incidents. Compulsory debriefing of victims of trauma should cease. A more appropriate response could involve a ’screen and treat’ model (NICE 2005).
この論文では、次のふたつからの潮流の手法を心理的デブリーフィンク(Psychological Debriefing)と見なしています。
ひとつ目は、Mitchell(1997)による「Critical Incident Stress Management」内で用いられているCritical Incident Stress Debriefing (CISD)で、ふたつ目は、Dyregov(1989)による「psychological debriefing」です。
Dyregov 1989
Dyregov A. Caring for helpers in disaster situations: Psychological debriefing. DisasterManagement 1989;2(1):25–30.Mitchell 1997
Mitchell J.T, Everly G.S. The Scientific Evidence for Critical Incident Stress Management. Journal of emergencyMedical Service 1997;22:86–93.
この手法は、次のようなことを含む、特定の手法です。
緊急時ストレスマネージメントでは、緊急時ストレス・デブリーフィング(CISD)は、七段階の四つのコンポーネントからなります。緊急事態が発生してから通常1から10日後に提供される、構造化されたグループディスカッション、急性症状を軽減すること、そして、フォローアップの必要性の評価、そして、可能であれば、危機的な心理が終わったという感覚を提供するものです。
デブリーフィングは、トラウマとなった出来事の想起/表出/作り直しをすることによって、感情的な処理/カタルシス、または表出の形態を促進することを含みます。Mtichell(1983)とDyregov(1989)は、次の七つの段階でこの作業に取り組みます。
1.導入
2.事実
3.思いや感じ
4.感情的な反応
5.正常化
6.将来への計画
7.セッションの終了(Disengagement)
Mitchell 1983
Mitchell J. When disaster strikes…. the critical incident stress debriefing procedure. Journal of EmergencyMedical Services 1983;8 (1):36–9.
つまり、心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing)は、ある特定の固定化した形式を持つ手法であると考えていいでしょう。日本でこの心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing)を訓練を受けて使えるようになっている人はそれほど多くないはずです。そのため、デブリーフィングはダメだと言われても、何がダメなのか分からないと言うことなのです。
それでは、この論文を書いた著者たちが、この手法に対してどのような点を指摘しているのか見ていきましょう。なぜ効果的ではなかったのかという論点も議論していますが、ここでは、どうしてこの手法が有害なものとなる可能性があるのかの議論だけを見ていきます。(Why might treatment have an adverse effect? )
1.第二のトラウマ化をおこなってしまう可能性があると言うこと。この心理的デブリーフィングは、出来事が起こってからわずかしか経たない間に、トラウマ的出来事に対して強い想像上のエクスポージャーを含みます。そのため、さらなるトラウマ化が進んでしまうのではないだろうかという懸念です。
2.心理的デブリーフィングが、トラウマ的出来事に対する反応として、恥の感覚があることを前提としてしまっているからではないかということ。
3.心理的デブリーフィングが、通常の悲痛を治療対象と見なしてしまっているのではないかということ。どんなに大きなトラウマであっても、誰もが、心理的distress(苦しみ)が増大していくわけではないというのが、トラウマ的ストレスに関する論文の共通した見解である。
4.この心理的デブリーフィングは、トラウマに対する、均一で、そして、ある特定の範囲で予想可能な、パターンの反応を想定してしまっていること。
5.そして、心理的デブリーフィングは、定義通り、単一のトラウマに焦点を当てていくこと。ひとつの出来事に遭遇したのかもしれないが、その他の点では、その経験は、すべて均一ではないのである。
そして、最後にこの著者たちは、この「心理的デブリーフィング」を利用することを推奨しないとしています。
Source: knithacker.com via Susan on Pinterest