物語とは
人の人生はいろいろな物語で構成されていると言う視点に立って、人の抱えている問題を考えてみたいと思います。通常物語というと小説、御伽噺、伝説などを連想します。そこからどうしてそのようなものが私達を形作る事 ができるのかを、物語が持つ特徴についてみていくことで考えてみます。
人が事柄を理解するためには、物語の形式をとる必要があります。物語は通常、起承転結と言う形を取りますし、その出来事が時系列に並びます。つまり、過去から現在へと生活上の様々な事柄が物語と言う形で結ばれるとき、きちんと理解されたと思えます。逆に、人が混乱しているときには、その人にとって物語の構築がうまくいっていないと理解できます。その時には、何がどのようにしてどのうなったのかをきちんと整理できるように話を聞くことが、その人の混乱を助ける援助に成り得ます。
また、物語は事柄をつなぎ合わせる機能を持っています。河合隼雄(2000)の例をここで紹介すると、
物語の特徴とは「関係づける」ことです。例えば、「王様と王妃がいました。王様が死にました。それから3日後に王妃も死にました」。これは事実だけが並べてあります。ところが、「王様が亡くなったので,悲しみのあまり王妃も死にました」となれば物語です。事象の関係づけが始まると,物語が生まれてくるのです。
ここで、個人個人がどのような物語を持っているか考えてみましょう。皆さんに自分に対して持っている物語は何ですかと質問したら、自分がどのような物語を持っていると思われますか。自信のある方は自分の能力や才能を示すいろいろな話を今までの人生の中から思い出すことが出来るかもしれません。もし、自分に才能や自信がないと思っている方は、自分の才能のなさや自信のなさやを示す話を思い出すでしょう。
ここで重要な事はこのような話が私たちの人生において非常に強力な影響を持っていることです。例えば、何か新しい事を始める時には、このような話が私たちの行動を左右します。自信のある物語を持っている方は、そのように将来を見据えて考えていくことが出来ますし、自信のない方は新しいスタートも自分の「自信のない物語」にもうひとつ章を追加するように思われるかもしれません。つまり、このような物語は自分に対する将来に対する預言者となってしまいます。
社会に存在する物語(Discourse)
それでは、どのようにして私たちの物語が構築されていくのか考えてみます。 私たち個人はいろいろな面で社会からの影響を受けています。
自分の物語は自分の希望や思いで完全に自由になるものではありません。逆に、この世に存在する物語が私達のものに対する見方、人に対する見方、自分に対する見方を決めているようであり、自分の物語も往々にしてこのような物語に決められていると言えるかもしれません。社会から受ける影響も物語と言う視点に立ってみると納得いく場合があります。
ひとつ例をあげてみます。多くの日本人にとって、「人並み」と言う物語がどれほどの重みを持っているか考えてみます。どれだけ多くの日本人の親が自分の子供に対して、「人並み」な教育を望み、その結果として学校教育だけでは物足りずに子供を塾に行かせたり、家庭教師をつけている事で、「人並みに」という物語が「人並み」などではなく、「出来る限り多くの」と言う意味をもって、私たちの考えを支配し、行動を促していると考えられます。
また、その人が自分の持つ物語とこの世に存在する物語を比較し、自分の物語の重要性や意義を判断してしまうことがあります。たとえば、容姿に関連した物語はますます強くなってきています。その結果、その人(主に女性)がいろいろと光り輝いている面を持っていても、ぽっちゃりしているというだけで自分に対する見方はずいぶん違ったものになります。
どのような影響を社会に存在する物語から影響を受けているか考えてみるのには、自分がどれだけのことをしなくてはいけないかと感じているかを考えてみて下さい。「スリムでなくてはいけない。」「英語が出来なくてはいけない。」「人にもてるような性格でなくてはいけない。」など、人により違うと思いますが、皆それぞれ持っていると思います。
自分の物語を作り上げること
いろいろな面で強力に社会からの物語に影響を受けていますが、個人個人が自分に合った物語を作り上げていくことが可能であると考えています。そのためには、自分が現在持っている物語をいろいろな角度から見ていき、そのような考え方がどこから来たのか考えていきます。
同時に、その人が特に影響を受けている社会に関係する物語を、歴史的な点、文化的な点、性別的な点などより見ていき、その物語のもつ支配力を弱めるように手助けをします。この作業で必要な質問は、例えば容姿に関しては、「あなたのお母さんの若いときに、あなたのような容姿であれば、どのように周りの人はあなたを思ったと思いますか。」(時代的な視点)、「テレビなどの海外の特集を見ていて、あなたがその場にいれば自分に対する見方が変えられるようなことを感じたことはありますか。もしあるとすれば、どうしてだと思いますか。」(文化的な視点)、「女性として容姿に関して、何か不条理に感じることはありますか?」(性別的な視点)などが考えられます。
今までの人生において、自分を見方を支配してきた物語に対抗するために、その物語を構築する話しとは矛盾する話を集めることも出来ます。例えば容姿については、「今まで痩せようとしてきたと言いましたが、そんなことをしなくても良いと言うような事は考えたことがありますか。」「ぽっちゃりした女性を見て、あなたはその女性のことをどう思われますか。」「他人に対してそのように寛大になれるのは、どうしてですか。」など、痩せようとしていることに対して拮抗している話しを見つけていく作業が「理想の容姿」という物語の支配を弱める助けとなりえます。
より専門的な視点より
以上の説明は、ポストモダニズム的なセラピーという観点から説明しました。学問的にはSocial Constructionism(社会構成主義)という範疇に入ります。また、この学問において、社会に存在する物語はDiscourse(ディスコース、あるいは、言説)という概念で説明されます。また、いろいろなDiscourseからの影響を受けていながら、個人の物語を自分に合った形で作り上げていく力をAgencyという言葉で説明しています。詳細な説明は別の機会に譲ります。この視点をもっと知りたい場合には、Vivien Burrの「An introduction to Scoial Constructionism」が入門書として推薦できます。
Reference
河合隼雄&斎藤清二 (2000) 【対談】 Narrative Based Medicine 医療における「物語と対話」 医学書院、週刊医学界新聞、第2409号、2000年10月23日発行
Burr, V. (1995). An introduction to social constructionism. London: Routledge.
社会的構築主義への招待―言説分析とは何か Vivien Burr 川島書店 1997-03 |
An Introduction to Social Constructionism
Routledge 1995-08 |