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「ロール・モデル・プレイ」

対人援助職のスキル向上を目的とした研修における新しい枠組み「ロール・モデル・プレイ」

国重浩一

ダイバーシティ・カウンセリング・ニュージーランド マネージャー

鹿児島メンタルサポート研究所 研究員

日本臨床心理士

ニュージーランド・カウンセラー協会員

 
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はじめに

本論文は、研修機会などにおいて利用されることの多いロールプレイに、ロールモデルを組み込むことによって、参加者が研修に積極的に参加できるような枠組みを提示し、その可能性について検討するものである。この新たな枠組みを、ロールプレイとロールモデルという言葉を組み合わせて「ロール・モデル・プレイ」と呼ぶことにする。このモデルが、ロールプレイをベースにした研修において、参加者の積極性や満足感をどのように向上させるかについて検討してみよう。

ロールプレイによる研修

ロールプレイは。役割演技とも言われることがある。このロールプレイを用いた研修では、あるシナリオに基づいて、その場面を擬似的に体験し、その場面に対応するための技術を取得あるいは向上させることを目的とする。そのため、「シミュレーション」と呼ぶこともできるだろう。
たとえば、相談業務において、うつ病のクライアントに対応する技術を学ぶ際に、うつ病を患っているクライアント役、カウンセラー役、その演技を見守る講師と他の受講者がその場にいることになる。この機会は研修目的であるため、ロールプレイの場面を見る観衆は、フィードバックを提供するという意味で大切な役割を担うことになる。
一連のロールプレイをおこなった後、クライアント役とカウンセラー役についている受講者はその役割をおりて、自分の役割演技を少し客観的に見つめることができるようにする。そして、講師または他の受講者からのフィードバックを提供してもらい、主にカウンセラー役に就いているものが今後の技術向上に役立ててもらうのである。

ロールプレイ研修を受ける側の難しさ

「ロール・モデル・プレイ」という新たな枠組みをつくるきっかけになったのは、筆者が研修の講師依頼を受けたときに、ロールプレイによる研修案を提示してみると、苦手意識を持っている人が多くいることに気づいたからである。そのような苦手意識がどこから来ているかをまずは考察してみたい。

役割演技する領域とその人のありのままが見えてしまう領域

舞台などの演技では、台本が最初から最後まで用意されている。相手が何を言うのか、こちらが何を言うのかがあらかじめ決まっている。つまり、役割に就く者は台本をすべて記憶しておく必要がある。つまり、役割に就いている者がそのように話しているのは、台本通りに演じようとしているからである。つまり、この状況に置ける役割に就いている者の善し悪しは、どれだけ忠実に台本通りに演じることができたかによる。
一方で、研修機会におけるロールプレイは、演技者の自由度の割合が高い。自由度というよりは自分が演じている人になりきって臨機応変に返答しなければならないということであろう。先ほどの例を用いれば、うつ病役の人は大体の症状をシナリオとして提示されるが、その場に合わせてどのように返すのかをその都度作り出していかなければならない。カウンセラー役は、その状況に輪をかけて自由度が高い。クライアント役の相手がどのような症状を持っているのかの概略を事前に聞くことができるかも知れないが、相手がどのように振る舞ってくるかについてはまったく予測がつかないのである。
そのため実は、ロールプレイといいながらも、その対話における発語のたびに、その人自身の技量があからさまに出てしまうのである。なぜなら、その発語は台本からのものではなく、その人自身の中からのものであるからである。

ロールプレイの後に受け取るコメントは、演技に対するコメントではない

研修におけるロールプレイでは、観衆がいるということも、実際の場面とは大きく異なる点である。観衆は通常、ロールプレイの後に、コメントや感想などをカウンセラー役の人に提示する。
ここで、そのロールプレイをある程度うまく乗り切ることができたのであれば、多少はポジティヴなコメントをもらえる可能性があるが、多くの場合、いきなりやってもそんなにうまくいくわけがないので、できていなかったことに焦点があたってしまう。
講師の方も、研修の場面であるからこそ、その人が今後取り組んで行くべき課題を明確にしようとするであろう。
コメントを受け取る側は、提示された台本の不備のせいにするわけにはいけない。なぜならば、そこは、その人の技術があからさまに出ている領域だからである。たぶんこの時点で、ロールプレイといいながらも、実はその人が丸裸にされてしまっていることに気づくのではないだろうか。

役割が明確に決まってしまっているということ

ロールプレイの研修では、その都度、役割がはっきり決まってしまっていることが多い。つまり、その時の研修機会において、カウンセラー役はカウンセラー、クライアント役はクライアント、観衆および後にコメントを残す役はそのことに終始する。一人ひとりがすべての役を同時にすることは、時間的にも難しいので仕方がないと感じるかも知れない。
ところが、その都度役割が決まっていることによって、皆の視点がひとりの演者に集中することになる。この図式では、当然カウンセラー役となる。つまり、カウンセラー役になると矢面に立たされるような経験をすることになるので、このような研修はできれば避けたい、少なくともカウンセラー役はしたくないと思うのは至極当然のことなのだろう。
ロールプレイを何回かおこなうことによって、すべての人が一度はカウンセラー役に就くとしても、その時の研修では役割が決まっているので、その時に視線がある人に集中してしまうということを避けることはできない。 このような枠組みは、その研修を学びの機会というよりは、辛い体験として記憶に留めてしまう可能性がある。これを、晒され体験と呼ぶこともあるようである。

ロールモデル

ロールモデルとは、若い人が成長する際にその手本となるような人のことを示す。これは、子どもは人の行動をみて、それを模倣して成長していくのだということである。当然と言えば当然の概念である。
私たちが対人援助職の業務にあたる際にも、当然のことながらロールモデルの存在が必要になる。そうすれば、見よう見まねによって学習し、自分のものとしていくことができるからである。
ここで、ロールモデルとは、教科書のことではなく、教科書に書かれたことを体現してくれる存在のことである。対人援助職のスキル向上を目的とした研修のなかで、何らかのロールモデルが提示されることは、学びの機会として貴重であることが容易に想像できるだろう。
このロールモデルを、ロールプレイの研修に組み込むことによって、先ほど検討したロールプレイ研修に伴う困難を和らげ、さまざまな効果を得ることができると考えている。
それでは、「ロール・モデル・プレイ」のプロセスについて紹介していこう。

ロール・モデル・プレイの枠組み

ロール・モデル・プレイの基本的な姿勢は、その研修の中で「みんなで冷や汗をかこう」というものである。誰ひとりとして、安全なところで気の利いたコメントを言うのではなく、みんなで四苦八苦しながら、ロールプレイをしていくという研修である。ここで、みんなとは講師も含まれる。いや、講師が率先して冷や汗をかく研修といってもいいだろう。それでは、この枠組みの過程を、筆者が実際におこなった研修に照らしながら説明していく。

1.事前の打ち合わせ

ロール・モデル・プレイでは、講師がたとえばカウンセラー役をするのであれば、相手となるクライアント役をしてくれる人が必要となる。その役に就いてくれる人を研修の前に一人手配しておくことと、その人とどのようなシナリオで進めていくのかについて概略を調整しておく。
筆者がおこなった研修では、医師、福祉士、心理士、教員、保育士など対人援助職についている人たちを対象にしたものであった。どのような内容のシナリオにするのかについて、研修を企画してくれた中心メンバーと打ち合わせたところ、次のようなものを提示してくれた。
小学校教員が鈴木健太君(仮名)の担任をしていて、授業中に席に着かないこと、不注意なために安全性の点で懸念されること、何よりも、担任としていつもしかってばかりになってしまうと言うことが気になって、健太君の母親を学校に呼ぶことになった。担任としては、一度、相談機関にいって相談して欲しいと伝えたかったのである。
つまり、筆者は学校の教員役を担うことになった。鈴木健太君の母親役についてくれる人と事前に調整して、学校の先生が言うことには簡単に同意しないということ、出来る限り抵抗していくことことになった。

2.オリエンテーション

研修に入るときに、その日の研修の流れについて説明する。まずは、みんなで冷や汗をかくことを明言し、まずは講師がとりあえずそのモデルでやってみることを伝える。そして、うまくいったところからも学べるが、うまくいかなかったところからも学べるのだと伝え、かならずしも、講師が提示するロールモデルが理想的なものではないということを伝える。これは、講師のストレスを軽減すると同時に、後に皆にやってもらう際のストレスを軽減するのにも役立つ。

3.ロールプレイ(ロールモデルの提示)

舞台として設定されたところに、相談役についた筆者と、クライアント役が登場し、ロールプレイを始める。これは時間をある程度決めておくこともできる(15分〜20分程度)が、話を一段落したところまで進めていくことができればなおいいだろう。
舞台で教員が鈴木さんのお母さんが入場してくるのを待つ。すると、舞台袖から鈴木さんが不承不承という雰囲気で登場してくる。教員は、よくきてくれたことを伝え、母親に席に座ってもらう。
子どものことを単刀直入に伝えることが目的ではなく、母親としての悩みや難しさをしっかりと聞くような姿勢で会話を続けていく。母親としても、自分の子どもの様子を担任が言うままに信じることができないため、一度学校に見学にきてもいいのかと尋ねるので、当然、大丈夫であると伝える。
このようなやりとりを重ねていくと、徐々に母親の姿勢が柔らかくなっていき、最終的には、相談機関に受診することに同意してくれるところまでいくことができた。そして、父親やその両親を説得することが難しいので、担任として、そのことに協力することで話が終わったのである。
教師役の筆者としては、ここまで到達できたので、安堵したわけであるが、うまくいかなかったとしても学べることはあるのだと思っていたため、この結果が出なければやってはいけないとは思っていたわけではなかった。

4.リフレクション(振り返り)

舞台に登場した二人のロールプレイが終わったところで、二人は少し時間を取る必要がある。それは、少し冷静になり、役を降りる必要があるからである。その間、受講者に3〜5人のグループを作ってもらい、今のロールプレイについて、感じたこと、思ったことなどについて、共有してもらう。この際に、何ができなかったのかという視点ではなく、何ができていたのかという視点を共有してもらうと、後にそれぞれがロールプレイをする際にも、前向きのフィードバックが出てくる布石となるであろう。
10分から15分程度の時間を取ることができるので、講師とクライアント役の人は、研修室の外に出て、のどを潤して一息つくのがいいだろう。担任役の筆者と鈴木さん役の女性は退出し、外で少し息を整え、今のプロセスについて確認し合った。
15分程度の時間を取ったが、どのグループも話題が尽きることがない感じで話し合っていたのが印象的であった。

5.クライアント(母親)役へのインタビュー

クライアント役に就いてくれた人に、クライアント役の人としてではなく、もう少し客観的な立場から、クライアントとしての体験を語ってもらう。ロールプレイの間、何を感じ、何を考えていたのかについて語ってもらうことは、全体のプロセスを理解する上で重要なことになる。また受講者からも、クライアント役に聞いて見たいこと、確認してもらいたいことなどを質問してもらうといいだろう。
全体に戻り、筆者はクライアント役に就いてくれた女性に簡単な質問を投げかけた。舞台での会話を振り返って、どのようなことを感じて、どのようなことを考えていたのかなどを語ってもらった。すると、抵抗する気持ちを維持するのが難しくなったポイントというものがあったと言うことであった。会場からも、積極的にクライアント役の女性に質問が投げかけられた。
ここで重要な点は、教員役をしていた筆者も確証のない中で手探りをしていたのだということを伝えておくことであろう。正解を提示したのではなく、ひとつのモデルの経過を提示したに過ぎないのである。

6.同じシナリオのロールプレイをすべての人に

その後、三人一組になり、ロールプレイをしてもらう。グループ編成の時に、できるだけ知らない人と一緒にグループになってもらった。
そしてここでのシナリオに基づけば、一人は担任役、一人は鈴木健太君のお母さん、一人は相談役のサポーターとなる。シナリオは、先ほどのシナリオと同じものを使う。この点において、このロールプレイに、ロールモデルの要素を組み入れることができるのである。つまり、役を演じているものは、前に演じた人のことを念頭において、その役に入ることができるというわけである。後にフィードバックを受けたときに明らかになるのだが、通常、ロールプレイをするように指示しても、その役に入るまで時間がかかることがある。それは照れであったり、どのようにしていいのか分からないからであろう。しかし、この枠組みでは、すでにそのロールモデルが提示されているので比較的容易に役に入れるということであった。実際、参加者は専門家だけでなく、児童クラブの指導員をされている高齢者の方々も参加していたのであるが、ロールプレイにすんなり入っていけたようであった。
10分程度の時間をそのロールプレイにあてて、その都度振り返る時間を3分〜5分程度取るようにする。この際にも、難しかったことを素直に共有し、それでもできていたことを認め合うようなスタイルが望ましいだろう。

7.全体のリフレクション(振り返り)

最後に全体に戻り、コメントや感想がある人がいるのであれば、共有してもらい、研修が終了となる。

「ロール・モデル・プレイ」に対する考察

1.受講者は安全な領域でロールプレイすることができるということ

三人一組になってロールプレイをしていく際に、ロールモデルとして提示されたものを参考にして進めることができる。そのため、担任役にしても、保護者役にしても、それは、個人が素っ裸にさせられてあからさまになるというものではなく、それぞれがロールモデルをどの程度取り入れることができたのだろうかという視点で、自分たちを振り返ることができる。
しかしこれは、ロールモデルを台本に見立てて、いかにロールモデルに沿って演じたと言うことではないようである。実際に参加した人がこの過程で何が生じていたのかコメントを寄せてくれたので紹介する。

「ロールモデルそのものに近づこうとまねたわけではなく、ロールモデルによって自分なりに気が付いたポイントを意識して、ロールプレイをしていたような気がする」

「ロールモデルを見て,自分にもできそうに思ったためロールプレイの敷居は下がった。やってみるとうまくできないと感じたことも,(できそうに感じて取り組んだ)自分としては,意外な発見だった」

依然としてロールプレイの研修につきものの、その人が自身で試行錯誤していかなければならいことは残されている。しかし、どのような点に注意して進めていこうかという指針を持つことができていたので、取り組みやすいと感じることができたのではないだろうか。少なくとも、いきなり大海の真ん中に放り投げられるような体験ではないと言えそうである。

2.同じシナリオを4回経験するということ

この研修では大体半日、2時間半〜3時間程度ですべてのプロセスを終えることができる。この中で特筆すべきことは、受講者は少なくとも4回、同じシナリオを立場が異なった視点から経験できるということである。最初に観衆として、そして担任役、母親または父親役、サポーター役を順次経験するのである。研修という意味において、同じストーリーに沿ってどのように話が流れるのかを体験するのは、将来、同じような場面に遭遇したときに何らかの役に立つ可能性があると考えるのは、このような研修を提供している側の欲目だけではないだろう。 そして、このような形で経験値として、受講者が蓄積していくことができるのであれば、一回一回異なるシナリオを順次こなして行くことによって、技術を磨くことができるのでないだろうか。

3.まさしく相手の立場になることができること

このプロセスでは、その場にいたものがすべての立場を経験していく。たとえば、教員が教員役になることは違和感がないであろうが、保護者役になることによって保護者の気持ちが想像できるのである。これは、単に伝える技術を習得するというだけでなく、相手の立場になって、自分がどのように伝えるべきなのかについて考えていく機会になるということである。
この研修において、相手の立場になりきることによって、初めて相手の立場から相手を理解できるようになった、という感想をもらうことができた。

3.ひとりに集中しないフィードバック

すべてが同じ経験をその研修機会でするという過程は、フィードバックをもらう時にも余裕を生むのではないだろうか。
その時に自分もそのことをしないといけないと分かっているのであれば、当然フィードバックの仕方さえも異なってくる。
これは、役割が固定されていないために生じることなのではないかと考えている。参加者からのコメントを紹介しておく。

「全員が同じ体験をして意見を言い合ったため、感想も批判や指摘になりにくかった。そのため、終わった後も嫌な感じをもたずに済んだ」

4.難しいシナリオでも楽しめる可能性があること

担任と鈴木さんのお母さんのシナリオを、誰も簡単であるとは思わないだろうし、楽しめるとも思わないだろう。しかし、この研修の参加者からのコメントは、楽しめたというものであった。
筆者としても、最初に提示した通り「みんなで冷や汗をかこう」程度しか狙うことができないと思っていたが、筆者の予想に反して楽しくロールプレイができたというのである。なぜなのだろうか。これに関しては、まだ検討していきたいところではあるが、ひとつにはロールモデルが提示された後の気楽さがあるのではないかと考えている。それは、難しいことを実際にやってみて、やはり難しいのだということを実感し、共有できる雰囲気のことであろう。

5.「ロール・モデル・プレイ」研修を企画する側からの考察

最後に、本研修を企画する側からの考察をいただいたので紹介しておきたい。
まず本モデルの名称である。カタカナ言葉であるため、なかなか受け入れにくいのではないかという指摘をいただいた。あえて日本語の名称を付けるとすれば、「ひな形に基づくロールプレイ」とでも呼べるかもしれないが、実際に体験してみることによってしか感じることができないため、名称でそのことを伝えるのは難しそうである。そのため、研修の広報する際にどのようにしたらいいのかまだ検討する必要があると言うことであった。 このような視点は、講師があまり意識することがないのでたいへん参考になる。

まとめ

ここまで考察してきたように「ロール・モデル・プレイ」というプロセスに対して大きな可能性を感じている。 最初にものすごくよいロールモデルを提示しようと思う必要はない。この思いが膨らんでしまうと最初にロールモデルを提示する人の負担が増してしまう。この研修において、何度も繰り返してよい点は、「みんなで冷や汗をかこう」ということと、うまくいってもうまくいかなくても私たちは学べるのだということである。その点を強調すればするほど、後でみんなにしてもらうロールプレイがもっと気楽なものとなる可能性がある。
この「ロール・モデル・プレイ」の枠組みはもっと成熟させていく必要があるとは思うが、可能性を感じているので、このような未熟な段階で発表させて頂いた。この方法で試してくれる読者があれば、その結果などを是非筆者に送って頂きたい。
最後に、筆者がおこなった研修のアンケートに書いてくれたコメントを載せてこの原稿を締めくくりたい。

「会話を続けていくことの難しさを改めて実感しました。けれど、人と出会って、話すことの楽しさや大事さも実感できた研修会でした。ロールプレイは、どきどきしますが、けっこう楽しめました」

謝辞

本論文で例示した研修は、鹿児島県伊佐市トータルサポートセンターが企画した「保護者と良い関係を築くために―対話の実践を学ぼう―」で実施したものである。この研修の企画段階から、本センターの白坂葉子さん(臨床心理士)を中心に、西別府明春さん(こども課子ども相談係係長)、冨吉より江さん(保健師)、長倉奈理絵さん(社会福祉士)、川原華奈美さん(心理相談員)には、研修の構造について相談に乗って頂いた。そして、研修の後もいろいろなコメントやフィードバックを頂いた。ここに感謝の意を表したい。
国重浩一の連絡先(kou_kunishige@hotmail.com)
 
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