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新翻訳書「精神病と統合失調症の新しい理解」

昨年から取り組んでいた新しい翻訳書がやっと完成しつつありますので、その本について紹介します。
# 本書の概要
 British Psychological Society(英国心理学会)の臨床心理学部門は、昨年11月に精神病と統合失調症に関する報告書を無料で公開しました。
 本報告書は、180ページにもわたる本格的なものであると同時に、「精神病」あるいは「統合失調症」というものの解釈をめぐって、伝統的なものとは大きく異なる見解を示しています。とりわけ、精神病が内因性によるものではなく、トラウマや虐待,剥奪による「後遺症」が大きく影響を及ぼしているという点が大きいと思います。
 またそれ故に、治療方法についても、「後遺症」に対する取り組みとして、「話すことを基盤とした治療(Talking Therapy)」の可能性を示唆できるようになりました。統合失調症を抱える人びとに対する心理療法については、これまであまり検討されてこなかったため、今後の治療方針について大きな影響を与えるものになり得ると考えられます。
 本報告書自体は、全文を無料でダウンロードできます。
https://www.bps.org.uk/system/files/user-files/Division%20of%20Clinical%20Psychology/public/understanding_psychosis_-_final_19th_nov_2014.pdf

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# 翻訳者あとがき(抜粋)
 私が巻末に記した翻訳者あとがきの一部を以下に掲載します。本書の意義を少しわかってくれると思います。
> * * * * *
>  本書は、英国心理学会・臨床心理学部門が2014年11月に公開した報告書「Understanding Psychosis and Schizophrenia」の全訳である。原文は、英国心理学会のホームページから無料で全文をダウンロードできる。原文に戻って、意味を確認し、理解を深めたい場合には、是非入手していただきたい。アニタ・クレインが原文の報告書に無償で提供してくれたイラストをみるだけでも価値があるかもしれない。
> さて本書は、精神疾患(特に統合失調症)をどのように理解すべきか、そしてどのように支援すべきかについて、最新の研究や当事者の体験談をふんだんに引用しながら、私たちを新しい理解様式へと誘(いざな)う。その誘いは、専門家が持っている従来の常識的な理解様式からかなり異なっているがために、大変スリリングである。
>(中略)
> 本書の主張することは、どこからともなく突然出現したものではない。世界中のさまざまな場所で徐々に形として見えてきたことをまとめたものである。それは、精神疾患という診断を下された当事者自身の声として、さらに従来の理解様式を越えて患者に向き合って来た専門家の声として見えてきたものである。そしてそれが、従来の理解様式に対する疑問となり、代わりとなる支援方法への模索とつながっていったのである。故に、単なる理論、あるいは理想論として片付けるにはいかない。本書のように、英国心理学会という学会の統一見解として出されているような性質のものについては、特にそうである。つまり、本書は一専門家の意見ではなく、職業団体としての見解であるということも特筆すべき点である。
> さてこの転換は、精神疾患をめぐる原因理解において、脳の機能不全や遺伝因子などという単純解からの離脱であり、複数要因の考慮、そして関係性論へのシフトであると理解できる。つまり、精神疾患が脳における生化学的なアンバランスによって起こされている神経障害であるという、主に製薬会社が広めている言説に対する挑戦である。トラウマや虐待、はく奪、社会的不平等などの複数要因が、人それぞれの状況に応じて複雑に絡みあっている状況において、その人なりに対処しようとしたのだ。
> (中略)
> このような転換からもたらされる支援や治療への可能性は、大きい。従来の考え方は、統合失調症に対する主たる支援方法を投薬治療に限定し、それ以外の支援方法を模索する余地をあまり残してくれない。ところが、この新しい視点は、支援方法の可能性を大幅に広げてくれる。何より、この本書が提示する手法が真に有効なものであれば、支援や治療の枠組みが、患者や家族だけでなく専門家にも希望を与え、よりダメージの少ない、より人間味のある方法論につながる可能性があるというところに、私は個人的に強く惹かれる。自己成就予言とも理解されるが、可能性を提供してくれる言説は、その可能性が示唆する地点に私たちを導いてくれる。よって、より可能性のある枠組みを私たちの支援方法に採用することは、特に重要なことなのである。
> * * * * *
# はじめに(抜粋)
> * * * * *
> 本報告書は,声を聞いたり,妄想を抱くような体験,つまり一般に「精神病」とみなされる体験を,なぜ人々がするかについて,最新の知識を大まかに説明したものである。その上で,いったいどのようなことが支援につながるのか,についても検討していく。臨床的な表現を用いれば、本報告書は「統合失調症と他の精神病の原因と治療」について述べていると言えるであろう。……これまで主に生物的な問題,すなわち疾患と考えられてきた心理的状態についての理解は,近年大幅に進歩した。その生物的な側面については実に多くのことが執筆されているが,本報告書は心理的かつ社会的な側面に焦点を当てることによって,これまでのアンバランスを是正することを目的としている。さらに,このような体験をどう理解するか,またそれが苦悩となるときにはどう支援したらよいのか,の両面についても述べることにする。
> 社会が「精神病」や「統合失調症」をどう考え,どのような支援を提供するかをめぐっての,既に進められつつある根本的な変革に,本報告書が貢献できることを期待している。例を挙げれば,将来,サービス提供側が利用者に,問題について特定の解釈を押しつけること,すなわちそれは疾病であって基本的に投薬治療を受けるべきだ,という伝統的な見方を押しつけることはなくなるだろう。本報告書は,メンタルヘルスの領域で働く専門家やその利用者,また友人や親類にとっての資料となるように,……意図されている。ここには,サービスや職業的な訓練を委託考案する責務を負う人々や,ジャーナリスト,政策立案者にとっても極めて重要な情報が含まれている。私たちの社会全体が,精神病だけではなく,多くは精神障害と呼ばれる他の苦悩についての見方を変える糸口と本報告書がなることを,私たちは期待しているのである。
> http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762829345
> * * * * *
# 目次
## 精神病と統合失調症の新しい理解 地域ケアとリカバリーを支える心理学
 はじめに
 要旨
 専門用語についての注釈
第1部 「精神病」とは何か
第1章 本報告書の内容――時として精神病と呼ばれる体験
 精神病を経験するとはどのようなことなのか
 体験は個人によって異なる
 異なった文化の存在
第2章 これらの体験はどの程度一般的なのか
 どの程度の人が「精神病」の体験をするのか そして,どの程度の人が統合失調症と診断されるのか
 メンタルヘルスサービスを利用しない人々     
第3章 このような体験を精神疾患と見なすのは最良の方法なのか
 序論 精神疾患という考え
 精神病的体験と通常の体験は,どこで切り離すことができるのか
 ごく普通の人も奇妙な体験をすることがある
 精神疾患の診断には信頼性があるだろうか――すべての医師がその診断名に同意できるのだろうか
 メンタルヘルスの診断には意味があるのか 何か実際の「もの」を示しているのか
 疾病と見なすことについての利点と不利点
 診断名から離れるよう促す近年の勧告
第4章 このような体験は人々の人生にどのような影響を与えるのか
 結果をめぐるばらつき
 どの結果が問題となるのか
 結果に影響を与えるもの
 精神病が暴力を引き起こすという俗説
第2部 原因
第5章 生物学――私たちの脳
 序論
 遺伝
 神経化学的理論
 脳の構造と機能
 結論
第6章 人生体験とそれが私たちに及ぼす影響
 序論
 人生での出来事とトラウマ
 人間関係
 不平等,貧困,および社会的不利
第7章 私たちが世界を理解する方法――「精神病」の心理学
 人生における出来事と精神疾患を結ぶ心理的リンク
 声を聞くこと,内言,記憶
 私たちはどのようにして信条を作り上げ,結論に達するのか
 感情と精神病との関係性
 精神病的体験がどのように苦悩や障害に発展するか
第3部 何が支援となるのか
第8章 問題をめぐる共通理解に到達すること
 フォーミュレーション
 何が支援となり得るかを判断すること
第9章 自助,あるいは友人,家族,コミュニティによる支援
 序論
 友人や家族からの支援
 自助と相互支援
第10章 専門家による実際面および情緒面の支援
 序論 サービスは何のためのものか
 基本的なニーズに的確に対応する
 情緒面の支援
 就業と雇用
 考えを体系化し,動機を保つための支援
 早めに支援を受けること
 危機における支援
 安全を保つ
第11章 話すこと――心理的支援
 序論
 認知行動療法(CBT)
 認知療法
 精神的外傷に焦点を当てるセラピーと精神力動的アプローチ
 アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)とマインドフルネス
 ナラティヴ・セラピーとシステムズ・セラピー
 ボイス・ダイアログ
 家族への支援
 心理療法の利用度の向上
 自分に適したアプローチを探し出すこと
 結論
第12章 投薬治療
 投薬治療にはどのような効果があるか
 「抗精神病薬」の問題点
 投薬についての協働的な決定
第4部 何を変えていく必要があるのか
第13章 メンタルヘルスサービスは何を変えていく必要があるのか
 「医療モデル」の域を超える
 家父長主義を協働作業に置き換える
 何をすべきかを告げるのではなく,人々が選択するのを支援する
 権利と期待を明確にする
 措置入院や精神衛生法の施行を削減する
 研究の方法を変革する
 メンタルヘルスケアの専門家の訓練とその支援方法を変革する
第14章 全体として何を変えていかなければならないか
 私たちは皆,同じ場所にいるのだと捉えること――「私たち」と「彼ら」の境は存在しない
 予防に焦点をあてる
 「メンタルヘルス」を基盤として偏見や差別と闘わなくてはならない
 文献
 原書 編者紹介
 寄稿者紹介
 訳者あとがき

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