ナラティブ・セラピーにおける物語
ナラティブ・セラピーにおける質問技法が、ユニークな結末(Unique Outcomes)、ユニークな説明(Unique Account)、ユニークな再描写(Unique Redescription)、及びユニークな可能性(Unique Possibility)クエスチョンに分類されていたことについて、もう少し説明していきたいと思います。
問題のある物語とオルタネーティブな物語
ユニークな物語の存在、そしてそれをクライアントとともに発展させていく作業の重要性は、問題のある物語がどのようにドミナントに(支配的に)人に作用しているかを見ることによって理解できます。
まず、いろいろな現象を観察するときに、私たちはその事について意味を与えます。私たちは意味を作る存在(Meaning-maker)となるのを避けることが出来ません。その観察されるべきものは、通常、容易に目に付きやすいもの——ドミナントなものに偏ってしまいます。例えば、問題児のことを考えてみましょう。この子供についてどのような点が一番観察しやすいかというと、「遅刻した」、「教師に対して失礼な態度をとった」、「クラスメイトに暴力を働いたという」などの結果(outcomes)についてです。その際に、私たちは意味を作る存在として、その結果に対する説明(accounts)を持たざるおえません。例えば、「生まれつき」、「親の教育」、「両親が離婚しているから」などです。西欧的な土壌においてはその人の個人に起因されるという説明になりがちです。日本においては、その起因されるものが多少は環境的なものに持っていこうとする傾向はありますので、その個人的な攻撃に矛先が向く度合いが多少は軽いと言えるかもしれません。しかしながら、何気なくしている結果の観察とそれに対する意味付けはその事象やその人を判断するうえで非常に大きな力を持ちます。
このようなドミナントな結果及び説明から、通常そのものに対する描写(Description)が与えられます。その描写は、ドミナントな物語の内容をドミナントな結果及びその説明とすれば、ドミナントな物語の題名と見なすことが出来ます。この場合、たとえば「問題児」という名の物語です。この「問題児」という物語が支配的になると、未来に対する影響力を持ってきます。皆さんが「問題児」と聞いた瞬間に、どのようなことをこの当事者に対して想像しますか。余りこの「問題児」が良いことをするように想像することはないと思います。このネガティブな可能性(Possible)が、最初に戻って、問題のある結果を探している状態、つまり、色眼鏡でその事象やその人を見ているようにしてしまいます。そして、より多く問題を見つけるという深みにはまっていきます。このようにして、ドミナントな物語は、その支配力を強めていきます。簡単な図で表すと以下のようになります。
「問題のある物語(Problem Story)」のサイクル
問題のある結末 ←←(より多くの問題のある結末の収集)から ←
↓
その結末に対する説明
↓
その結末、説明に対する名付け(描写)
↓
その描写に元づいた予測
↓
より多くの問題のある結末の収集→→(問題のある結末)へ ↑
↓ ↓ ↓
問題のある物語の影響力の増加
このように人の行動を予測していくようになるのであれば、その逆をたどることによって、オルタネーティブな物語をクライアントともに作り上げていくことが考えられます。
まず、人の人生は特定の問題のある物語でひと括りに出来るような単純なものではありません。つまり、その問題のある物語に拮抗するオルタネーティブなストーリーが必ず存在すると考えます。上記のたとえを用いれば、「問題児」という物語の章としては、ふさわしくないオルタネーティブなストーリーの存在です。
オルタネーティブなストーリーはどのようにして焦点を当てていくのかについて考えてみましょう。まず、ユニークな結末を切り口として、そのユニークな結末に対するユニークな説明を問い掛けてきます。ユニークな結末はそれ単体として、プロブレム・ストリーに対して影響力を持ちがたいので、ユニークな結末をできる限り拾っていきます。そして、その結末に対する説明を発展させていきます。この説明は、種々の角度から、クライアントの問題対処能力が十分に説明しうるようにしていきます。そして、このような問題に対処しうる人として、どのような人間像を、どのような名前を与えていくでしょうか。そして、このような人は将来度のようなことをして行くであろうと予測できるか考えることができます。
「オルタネーティブな物語」の構築のサイクル
ユニークな結末 ←←(より多くのユニークな結末の収集)から ←
↓
そのユニークな結末に対する説明
↓
その結末、説明に対する名付け(再描写)
↓
その描写に元づいた予測
↓
より多くのユニークな結末の収集→→(ユニークな結末)へ ↑
↓ ↓ ↓
オルタネーティブな物語の影響力の増加
物語を豊かにするためのステップ
Jill FreedmanとGene CombがNarrative therapy: The social construction of preferred realities(1996)のChapter 4:‘Story Development’において、オルタネーティブな物語の拡大ためのステップについて述べていますので紹介します。ここで、注意しておきたいことは、このようなステップはあくまでもガイドラインとして示されているので、このステップを取らなくてはいけないという意味ではありません。人生の話はそんなに単純なものではありません。
1. 「ユニークな結果」からはじめる
人々が問題ばっかりの話をしているときにでも、このような話にはそぐわない経験をしばしばほのめかします。
- ≫ 希望が持てないという気分が、しばしばあなたを自殺という思いに駆り立てるにもかかわらず、あなたがあなたは死にたくないということを知っているときがあると言われましたが、一番最近でこのような思いが自殺への思いを退けるのを助けてくれたときはいつですか。
- ≫ お子さんが先週に4日間夜に起きたと言われましたが、残りの3日間は何があったのですか。
- ≫ 口げんかが完全に支配してしまいそうになったにもかかわらず、そうならなかった時はありますか。
- ≫ 一番最近で、お子さんが自分で学校に行こうとした時はいつですか。
2. ユニークな結果が自分にとって望ましい経験を表しているか確認する
- ≫ この経験はあなたにとっていいものでしたか、それともそうではありませんか。
- ≫ 二人の間で、このような関係がもっとあればいいと思いますか。
3. 行動様式の基づいたストーリーを構想する
- ≫ このステップを取るためにあなたは自分自身をどのように準備していったんですか。
- ≫ あなた方の関係において、このようなことを可能に導くために必要であった節目とはどのようなものであったと思いますか。
- ≫ でも、実際何をしたんですか。
- ≫ あなたが自分自身に対して言い聞かせていたイメージや何かによって導かれていたんですか。何かプランでもあったんですか。
- ≫ この決定は、あなた自身でしたんですか、それともほかの人の影響はありますか。
- ≫ あなたがパートナーに言ったとき、パートナーは実際何と言ったのですか。パートナーの顔はどのようなものでしたか。
4. 意識様式に基づいたストーリーを構築する
- ≫ このようなことを出来る事は、あなたについて何を物語っていると思いますか。どのような性格を示していると思いますか。
- ≫ この出来事を見ていると、あなた方の関係にどのようなことを見出すことが出来ますか。
- ≫ おばさんとの会話で学んだことで、あなたの人生において何か重要なことはありますか。
- ≫ あなたの人生上のゴールについて、このことは何を示していますか。
3項と4項の質問はいったり戻ったりします。
5. 過去において、ユニークな結果あるいはユニークな結果の意味に共通する過去について問う
- ≫ 以前に、このようなことをしたことがある時はいつですか。どのようなときでしたか。
- ≫ このような出来事を誰が想像できたでしょうか。このことを成し遂げられると言うことを信じさせたのは、以前にどのようなことを見ていたからでしょうか。
- ≫ あなたのパートナーに対してこのような「質」を見出した今、以前にこのような「質」を経験したことがある記憶ではどのようなものがありますか?
- ≫ あなたの人生においてこのような忍耐を一番表しているのはいつでしょうか。そのときからどのような出来事があなたにとって際だっているでしょうか。
6. 3項で示したように、行動様式に基づいて過去の出来事をプロットしていく
7. 4項で示したように、意識様式に基づいて過去の出来事をプロットしていく
8. 過去のエピソードと現在をつなげる質問をする
- ≫ あなたの過去においてこのことが基盤になっていると言うことが今理解できました。そうすると、あなたの人間関係において最近の前進は私にとってどのように映っているかわかりますか?
- ≫ 彼女がこのような最近の発展についてどのように思うと思いますか。彼女はどんなふうに言うでしょうか。
- ≫ その過去の出来事について考えるとき、先週の経験に違ったライトを当てることができますでしょうか。
9. そのストーリーを将来につなげる質問をする
- ≫ 私たちが話してきたあなたの人生における傾向を示す出来事をみると、次のステップはどのようなものであると想像できますか。
- ≫ 強固のような出来事を見て、将来に見出すことに対して何か影響があると思いますか。
- ≫ 私たちが話してきたこのような経験を持って、来年の学校生活に対してどのようになると想像できますか。
おわりに
実際には、問題のあるストーリーから正反対で、バラ色のオルタネーティブなストーリーを描こうとしても、到底無理であり、非現実的なものとなってしまいます。オルタネーティブなストーリーの重要なポイントは、その人本人が納得して受け入ることができるストーリーである必要があります。そのため、私たちから押しつけるようなことはしてはならないということは肝に銘じておかなければなりません。
本人が納得するということを、河合隼雄は「腑に落ちる」表現を用いる必要があるといっており、ナラティブ・セラピーにおいては、マイケル・ホワイトが Experience near description(体験に近い描写)を用いることが必要であるといっています。
参考文献
Freedman, J. & Comb, G. (1996). Narrative therapy: the social construction of preferred realities. New York: W.W. Norton.
Narrative Therapy: The Social Construction of Preferred Realities
W W Norton & Co Inc 1996-03 |