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スーパーヴィジョンを考える

スーパービジョンのことを調べたくて、本を求めました。検索してもそれほど多くの著作が出ているように感じなかったのは、この分野について日本ではまだまだ未発達な部分を反映しているのかなと思いました。

さて、本書ですが、精神分析派の方のスーパービジョンです。そのため、ロールシャッハの解釈などをスーパービジョンで扱い、初心、新人のカウンセラーを「教育」していくようなスタンスを強く感じました。

また、スーパービジョンの基本的な考え方、方向性に関する説明もあります。そのため、精神分析からのスーパービジョンを理解する上では、有効な資料です。

同時に、ここまでスーパービジョンの重要性が指摘されていながら、未だにしっかりと整備されていないという状況は、これをここまで重くしてしまった姿勢から生まれてきている部分があると感じました。

基本的に自分が抱えているケースを、スーパーバイザーにしっかりと語り、その「会話」の中から生まれてくる新たな気づきや方向性が重要なのであるという部分を感じられないのはなぜなんだろうと考えます。

臨床家が、スーパーバイズを希望していると言うとき、本書で扱っているような形式、内容のスーパービジョンであるかどうかは疑問視しています。

もっと「基本的で」、誤解を覚悟して言えば、「手軽な」スーパービジョンを個人的には希望しています。

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鑪 幹八郎

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本文の形式で気になったところとして、「私は」という一人称で語られる文章形式ですが、誰が「私」なのか巻末の執筆者一覧を見ないとわかりません。個人的には、一人称の形式の文章には好みを寄せていますが、誰かわからない「私」にはとまどいが生じるものだと気づきました。

単刀直入にいって、以下のようなことが日常的なスーパーバイザーの基本的スタンスであれば、受けたくないのですが、、、、

「スーパーヴァイザーとヴァイジーとの理解が食い違ったり、ヴァイジーとしては納得のいかない助言を受けて、ヴァイザーに対して批判や疑問を持つことがある(p. 48)」

「あるスーパーヴァイジーXは、自ら『とてもうまくいっている』と感じていた事例についてスーパーヴァイザーAに報告したところ、その理解の仕方が『とても』独りよがりであるとAから指摘された(p. 105)」

こんなことをばんばん言われたら、スーパービジョンが苦痛になります。