内田樹の「私的昭和人論」を読んで

シンクロニシティ(共時性)という言葉がある。辞書を調べると「《C. G. Jung が提唱した概念; 2 つ以上のできごとが同時に生じ, 意味のある関連があるようにみえていて因果関係が判明しない, という現象を説明するための原理」(研究社)とある。

 

内田樹の『昭和のエートス』を友人から借りていて、その本に気持ちが向き、読み始めた。この本の大きなテーマは、「昭和」または「昭和人」である。ここでは特に、内田樹の『昭和のエートス』に納められてる「私的昭和人論」のことと「北京オリンピックで失うもの」からの文章について少し考えたことがあったので、綴ってみる。まだ全部を読めていないない。

明治人について言えるのと同じことが「昭和人」についても言えると私は思っている。明治人に明治維新があったように、「昭和人」には昭和20年8月15日という「断絶」があった。それまで生きた時間との不意の断絶という意味で、敗戦は明治維新と同じタイプの集団的なトラウマ経験である。(中略)

しかし、断絶は「断絶以前」を自分のうちに抱え込んだまま「断絶以後」の時代を生き延びることを選んだ人間にとってしか存在しない。(私的昭和人論)

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私自身は昭和39年生まれなので、当然、戦争前後のことは分からない。

ところが私の父親は、昭和8年生まれであった。敗戦時12歳。父にとっての「断絶」は、敗戦によるものではなかったと、父親からの話を聞いて感じていた。その断絶は、「大人の変節」から生じていたと言っていい。特に学校に通っていた時代の子どもたちにとって、先生の言うことが「手の裏を返したように」変わったことは、耐えられなかったようである。

神が人に変わり、蛮族に物乞いするようになったのである。ここで、偏見を持ち続けた方がよかったという視点を持ち込んではいけない。そのように信じ込まされて、どんでん返しを食わされた人びとの動揺の大きさについて思いをはせるべきなのだ。

内田樹が指摘していることと関係するのであるが、この「変節」を、暗黒の時代に嘘を突き通さなければならず、戦後晴れたように思ったことが言えるようになったと感じるような「大人」には、この動揺は分からないであろう。問題は、戦前の支配的なディスコース(常識、真理、真実)が、一夜にして変わったことである。そのことに対して、何も抵抗すら見せない大人に対して、信頼、敬意、尊敬の念を持ち続けることができなかったのであろう。

そのため、父は、職業としての教師に、常にシニカルな目を持ち続けた。

昭和10年生まれである大江健三郎が『「自分の木」の下で』のなかで、この当時のことを振り返っている。学校にいくきにはなれず、山にこもったというのである。

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私はこの時代の雰囲気に興味がある。つまり、昭和の「断絶」が実体験を伴わない世代まで影響を与えているということである。

しかし、その雰囲気は、事後作られたものからでは想像できず、エッセイ・回顧録のようなものを通じてやっとくみ取れるようなものなのである。また、メディアの情報は、そのときのことある程度しっかり想像
するためには、大きなものが欠如していると思える。

この断絶、この時の憂鬱を少し垣間見ることができたのは、日本人ジャーナリストによる報告を読んでではなく、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』を読んでのことである。敗戦後の人びとの憂鬱、憤りがそこには記されていた。読めば、そのような気持ちになるのは、当然であると思えるであろう。

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メディアがこの問題のある領域をタブーとする限り、戦後のことを扱えない。ところが、扱うにしては、余りにも不毛な、意味を見出すことのできない出来事であったということなのだろうか。

 

冒頭に、シンクロニシティのことを述べたのは、本を読み始めた日の夜に、ジブリの「コクリコ坂から」を見たことに関係している。また、同じ夜に、友人から、鹿児島県南九州市の知覧にある「知覧特攻平和会館」に行ってきたというメールをもらった。この「昭和」という主題、「敗戦」という主題が、繰り返して、自分に戻ってくるような気がする。

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