BlogPost

Heteronormativity

今翻訳している本の中に、Heteronormativityという言葉が出てきたが、適切な訳語が見つからないため、検討してみる。

 

まずは、Wikipeiaで、Heteronormativityのエントリーを見てみる。

Heteronormativity is the body of lifestyle norms that holds that people fall into distinct and complementary genders (man and woman) with natural roles in life. It asserts that heterosexuality is the only sexual orientation or only norm, and states that sexual and marital relations are most (or only) fitting between people of opposite sexes. Consequently, a “heteronormative” view is one that involves alignment of biological sex, sexuality, gender identity and gender roles. Heteronormativity is linked to heterosexism and homophobia.[1]

 

Origin of the term

Michael Warner popularized the term in 1991,[2] in one of the first major works of queer theory. The concept’s roots are in Gayle Rubin’s notion of the “sex/gender system” and Adrienne Rich’s notion of compulsory heterosexuality.[3]
In a series of articles, Samuel A. Chambers calls for an understanding of heteronormativity as a concept that reveals the expectations, demands, and constraints produced when heterosexuality is taken as normative within a society.[4][5] Originally conceived to describe the norms against which non-heterosexuals struggle, “heteronormativity” quickly became incorporated into both the gender and the transgender debate.[6]

http://en.wikipedia.org/wiki/Heteronormativity

 

上の太字体のところを読むと、異性愛を自然なものとして見なしていることが伺える。

 

今、ネットで検索すると、Heteronormativityに対して、二つの訳語があるように見受けられる。

一つは、「ヘテロノーマティヴィティ」、もうひとつは「異性愛規範性」。

カタカナ語が市民権を得るためには、一般にしっかりと流通するか、カタカナでありながらある程度想像できるものでなければならないが、「ヘテロノーマティヴィティ」では、全然意味が分からない。

次に、「異性愛規範性」であるが、異性愛を自然なものとして見なす主義であるということが直には伝わって来ない気がする。heteronormativityは、「hetero」+「normativity」であるから、「異性愛」+「規範性」という訳語が当てられたのか?

 

では、やはり語源を少し検討してみる必要がありそう。

Wikipediaの語源のところを読むと、queer theory(クィア理論・クイア理論)に関係しているということ。

1990年代初頭まで、「クィア(Queer)」とは「奇妙な」という意味から転じて「男性同性愛者」、「ホモセクシュアル」、「変態」、「おかま」などの意味で使用された侮蔑語、差別語であった。[1][2][3]しかし、LGBTといった細分化されたセクシュアリティの分類に対して、テレサ・デ・ラウレティスやジュディス・バトラー、イブ・コゾフスキー・セジウィックらの思想家が新たな理論的な可能性の模索をはじめ、「クィア」という言葉は、非異性愛者の連帯として新たな意味として肯定的に用いられるようになった。

1990年代以降、クィア理論は、学問領域を横断する思想として広く受容されるようになり、「本質」、「生成」、「根源」といった概念に対して、「構築」、「行為遂行性(パフォーマティヴ)」、「経路」といった観点から、「性」(セックス、ジェンダー、セクシュアリティ)を問い直している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A3%E3%82%A2%E7%90%86%E8%AB%96

 
語源の説明で重要なところは、次のくだり。
Samuel A. Chambers calls for an understanding of heteronormativity as a concept that reveals the expectations, demands, and constraints produced when heterosexuality is taken as normative within a society.[4][5]
 
[4]  Samuel A. Chambers, ‘Telepistemology of the Closet; Or, the Queer Politics of Six Feet Under. Journal of American Culture 26.1: 24–41, 2003
[5]  Samuel A. Chambers, “Revisiting the Closet: Reading Sexuality in Six Feet Under, in Reading Six Feet Under. McCabe and Akass, eds. IB Taurus, 2005.

 

「社会において、異性愛が「Normative」(規範的、標準的、基準的)として見なされる時に生成される期待、要求、抑制を浮き彫りにする概念として「heteronormativity」を理解しているということ」らしい。

 

すると、「hetero」には「異性愛」をあてるとして、「normativity」にはもう少し検討の余地がありそうである。

「規範性」とはいったいどういう意味なのであろうか? 「規範」という性質を帯びているという解釈と見なすことができるのか。

形容詞の「Normative」の名詞型として「normativity」があるのであれば、「規範的」「標準的」「基準的」という形容詞の名詞形として「規範性」「標準性」「基準性」があるのだろう。しかし、形容詞を名詞化する際には、日本語には可能性として、「化」をつける方法もある。「規範化」「標準化」「基準化」となる。

「異性愛規範化」も可能性として除外できない気がする。「異性愛規範性」よりも、異性愛への偏向をくみ取れそうなきがする。

 

 

ヘテロセクシズム(異性愛主義)

heterosexismという言葉もあり、意味的には余り区別できなくなってきた。この詳細な概念を理解するためには表層上だけの議論ではだめなのだろう。

 

 

Untitled