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読了「漂流老人ホームレス社会」

 私のワークショップを企画してくれている友人に、本書のことを教えてもらい、早速読んでみました。

 電子書籍版があると、ニュージーランドにいてもすぐに読めるのは便利です。

 本書を読んで、私に反応を引き起こしたことがたくさんあります。その幾つかについて記すことで、本書の感想としてみたいと思います。

 

著者の姿勢

私がもっとも惹きつけられたのは、著者「森川すいめい」さんの姿勢です。ホームレスの状態におかれた人々との関わりについて述べられている本ではありますが、私は、その関わりから、森川さんの姿勢を追っていきました。

それは次の箇所に現れているように思います。

「同じ事実が別の視点で見てた時にすべきことはいつも決まっている。現場に行くことだ。本当の答えはいつも現場にしかない。本人たちの話を聞かなければ答えはわからない」

私たちは、長い間、大変多くの、ある状態像を示す名称で括られる人々に接しながら、「本人たちの話」を聞いていないことがあります。

「本人たちの話」を真に聞きたいのであれば、私たちは、自分たちの位置づけを見直し、相手の立場を見直す必要があるのです。ただ単に、「どうしたの?」と訪ねてもダメなのです。

それは多分、著者が目指しているように、自分自身のことをみつめること。自分の弱さをしっかりと把握することが求められるのでしょう。

自分のプロフェッションという鎧を身にまとっては難しいことなのだろうと思うのです。

その鎧を外してからは、「本人たちの話」を聞くことがそれほど難しいことではありません。つまり、話を聞けるかどうかは、相手のことではなく、私たち自身のことなのだと言えるでしょう。私たちが生きていくうえで大切に気づきあげてきた鎧を外すこと、それが、真に「相手の話」を聞くことにつながるということだと思えます。

ホームレスは、ハウスレスではない

家(ハウス)のない人が、ホームレスではないという記述があります。

人は、関係性の中に生きているということなのでしょう。どんなに粗末な家でも、そこをホームと感じられる人は幸いなのです。どんなに立派な家でも、そこをホームと感じられない人は大変辛いともいえる気がします。

日本の行政が得意な箱物を作る思考からは、この関係性の重要性に取り組むことはなかなか難しいことなのかもしれません。

しかし、人は人の関係で良くなっていけるのです。

 

支援員が目指すところ

森川すいめいさんの関わりを追っていくと、相手の世界観、認識状態から理解しようとしているところがわかってきます。そのため、相手にただ話させただけでは、分からないところが理解できるようになってくるのだと思えます。

統合失調症患者が、他の医師とのやり取りで全然話が噛み合わないところを、中にはいって、会話を取り持っています。それは、相手の世界観を理解しようとする姿勢があったらこそできたことだと思うのです。

これを、難しいこととするか、支援員であればすべてできるようになることとするか、議論が必要になるところではありますが、私は、すべてが目指すことであろうと考えています。

私は、ナラティヴ・セラピーを基本に臨床活動をしていますが、他の技法を用いている人とも活動しています。その共同作業において、私のナラティヴの考えを人に押し付ける気持ちはありませんが、一点だけは、譲れないところがあります。それは、相手を理解する姿勢を持つということです。

この相手を理解する姿勢という言葉を、簡単にできるようなレベルのこととは思っていません。自分が十分にできるとも思ってもいません。しかし、みながそこを目指すことであろうと思うのです。

 

援助の危険性

「支援者というのは、支援しがちだ。支援者は、支援者が何かを考え実行しがちだ。 しかし、 それは違う。答えは、いつも彼ら彼女らにある。当事者が持っている。彼ら彼女らが何を見て、どう生きたいかを決めるのは彼ら彼女ら自身である。それを、社会が彼ら彼女らから奪っ てはならない。私たちの仕事は、彼ら彼女らの人生を彼ら彼女らのもとに返すことのみである」

 

その他のアンダーラインをひいたところ

「うつ病は、本人が病んでいるのではなく、病んだ社会に病まされているというようにさえ思えてくる。」

「大丈夫です。私が悪いんです。ごめんなさい。大丈夫です」

(社会的に弱い立場にいるものがこのように言うのを聞く時、泣けてきます)

『「親とけんかしたのか?」 と言った。わかりやすい物語に置き換えられたと感じた。警察官に何も話したくなかったから、その言葉に安堵して肯定した」』

『「外に飛び出して、苦しんでいる人に手を差し伸べること」こそ、孤独と不幸を乗り越える 一番の近道(カール・メニンガー精神分析医)  好きな言葉ではない。しかし、私はこうしなければ生きられなかったと思う」

「パンドラの箱を開けたと非難も受けた。ホームレスに障がい者という偏見を上乗せしたとも 言われた。 しかし、事実を隠したまま人が死んではいけないと思った。」

「今は、弱さを誇りに思う。人は、弱く在ればいいと思う。」

『友人が「旅をして大きくなった?」と聞いてくれた。 「自分が、小さくなれたと思えたよ」と答えられた。』

『マザー・テレサが、「インドに来てくれてありがとう。 しかし、あなたたちの国を何とか しなさい」 と言っていたことを思い出した。』

『今、 精神科医となってもわからないことだらけである。ただ一つわかったことは、「こころ は、病気にならない」 ということだった。』

『われわれの支援が必要な人は、「そんなに頑張らなくてもいいよ」「休んで」という言葉を 聞きたい人ではなく、 具体的に、明日を頑張って生き抜くための方法を知りたがっていた。』

『決して特別な人が特別なことをしているのではなく、誰もができる簡単なことしかしていない。 それを、 ここに書きたかった。』

最後に

最終章でたっぷりと涙しました。貴重な文章をありがとうございました。

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