吃音ショートコース
日本吃音臨床研究会とNPO法人大阪スタタリングプロジェクトが毎年三日間泊まり込みでの宿泊研修を開催しています。2014年は20回目という節目の時だったのですが、ナラティヴ・アプローチを勉強したいということで、講師として私に声をかけてもらいました。
講師として参加する前にもいろいろと考えるのですが、終わった後でも、今回の研修はどうだったのだろうかといろいろと考えます。
幸いに参加してくれた皆さんは、熱心な人ばかりでしたので、研修そのものを楽しく終わることができたという感覚を持つことができました。
言語化
ところが、研修そのものが「よかった」という感想だけでは、私はまだよく振り返ることができていないと感じてしまいます。
どのようにそれぞれが感じたのか、どこを持って帰り膨らませてたいと思ったのかなど、それぞれの詳しい話を聞きたいと思うのです。
当然、どんなに時間をかけて聞こうとも、伝えてくれる範囲は限られてしまうでしょう。それでも、聞くことによって、得られるものは大きいです。
大阪スタタリングプロジェクトの機関誌「新生」
NPO法人大阪スタタリングプロジェクトでは、「新生」という機関誌を発行しています。今回発行されたものを、日本吃音臨床研究会の伊藤伸二さんが送ってくれました。
今回は、「吃音ショートコース〜ナラティヴ・アプローチ〜感想特集」です。
最高の贈り物
文字がぎっしり詰まっているB5版のニュースレターに5ページも感想を書いてくれました。総勢、6名の方が書いてくれています。
どの感想もしっかりと考察してあります。見聞きしたことを自分の中に取り入れ、それを考察した上で表現してるのだと感じます。
「その時にそのようなことが起きていたのだ」「そのことをそのように意味のあることとして理解したのだ」「そのような視点で理解することができるのだ」というような新たな気づきを提供してくれました。
このような文章は、私にとって最高の贈り物となりました。素直に、うれしいです。
事後の語り
私は、研修の後に、研修のことについて語る場が大切になるのではないかと考え始めています。ナラティヴ・アプローチの世界では、リフレクションということになるのでしょうか。そのことについて、語り、語り直すことによって、受けた研修の意味や重要性が変化するし、持続するのではないかと思います。
研修に参加してくれた方が、研修が終わって一ヶ月以上経っても、「まだほんのちょっと、ショートコースの余韻のなかにいます」とメッセージをくれました。私も、そのような余韻を持っているところです。
この余韻があるうちに書くべきことを書いてしまう必要性も感じているところです。
よい生徒に恵まれること
講師あるいは先生という立場は、今回私が経験させてもらったように、よい生徒に恵まれることによって引き立ててもらえるのだということにも、改めて気づきました。
内田樹さんが自身のブログの中で、ラカンを引用し、「どの教師も教師として失格することない」ということを述べています。それは、どのような教師からでも学べる人がいるということなのです。
私はここをベースラインとすることはしたくありませんので、どのように自分の持っているものを提供することができるのかをもっと検討していきたいところです。
ひとつ少なくとも今回確認できたことは、自分の持っているものを提供するために、自分から相手に接近すること、つまり相手を理解することが大切だということです。これは、今後も続けていきたいことです。
感謝
このような機会を設けて頂いた伊藤伸二さんをはじめとする日本吃音臨床研究会とNPO法人大阪スタタリングプロジェクトのメンバーの方々に本当に感謝します。
言葉は、人にとって最高の贈り物になり得るのだということが分かりました。