自分の悩み、苦しみ、迷いを相談すること


自分のことを人に話すこと

自分の内面のことを人に話すのは、大変勇気がいることです。また、自分の家族の秘密を人に打ち明けるのも大変居心地が悪いと感じることだと思います。そのため、私たちの多くは、一番肝腎なことを自分の心の中に秘め、そのことについて、自分の中だけで会話をしていくのです。

自分の内面における会話が、建設的で、健全なものであれば、自分のことを見つめ直し、次に進めるための糧とすることは十分に可能です。ところが、人生における歯車がうまく回っていないとき、家族の誰かがうまく生活の軌道に乗れていないとき、友人や同僚または職場との関係においてどうもうまく関係が維持できないとき、自分の内面における会話は、自分にとって厳しいものとなります。これが、勇気づけや建設的な考え方に向かってなされるのではなく、他の人がどのように考えるのだろうか、どのように自分のことを見ているのだろうかということに、その大部分の時間を費やすようになってしまうのです。

 

内面のおける会話

このようなときに、内面のおける会話は「同じところをグルグル回る」とか、「どんどん落ちていく」などと描写されることができるかもしれません。このときに、自分が本来持っている力、資質、能力、才能に目を向けることが難しくなり、「自分はダメだ」とか、「どうしようもできない」というような考え方が多くなってきていまいます。

そして、そのような側面が頭の中を占める割合が多くなるので、人には話すことができないと思ってしまうのも無理はありません。カウンセラーとして感じているのは、自分のことを打ち明けるということが、自分の非を指摘され、責められるのではないかという不安(たぶん恐怖に近いのだと思います)に直結しているのではないかということです。

 

自分で自分を責めること

この点において、カウンセラーとしてこのような点を指摘する必要がほとんどないと感じています。多くの場合、すでに自分で自分を相当責めていたりします。そのように見せない人も、しっかり話をしていくと、例外ではないと思っています。時に、自分のことに目を向けることが非常に厳しいことなので、他の人へ目を向けてしまいがちになることもありますが、自分への視線は大変厳しいと気づくときがあります。

 

 

 

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